紙喰い奇譚

 帰宅途中もなにかを欲したことがないと元村に言われた言葉が頭にへばりつく。
 馬鹿を言うなと怒鳴りつけたかったのが本音だが、それを言っても始まらない。
 欲したものはあった。欲することを欲したことが。
 目貫が物心ついたとき、周りにはほとんどのものが揃っていた。
 なにかを欲しいと言う前にそれらは用意されていた。
 望むものはこれだと与えられてきた。
 その中に、どれひとつとして目貫の望んだものがなかったことを理解するものは誰もいなかった。
 ただ、与えたいものを与えているだけなのだと気付くのはすぐだった。
 だからすべてに反発した。
 与えられることがない、自分に相応しいと思うものを選び続けた。
 家を出て安アパートに住んだのも、一流を望む声も無視して三流と見下す大学に進んだのも。
 そして、呪いを専門とする講師になったのも。
 呪いの研究は天職だと思っていた。自分の人生においてこれほど馴染む題材はないと思っていた。
 それでもたったひとつだけ、いまの目貫には後悔がある。
「おや先生、怖い顔だ」
「黙れ」
 何故、あのとき自分は彼を連れてフィールドワークになぞに出たのか。
「俺だって、なにも不自由してないわけじゃないんだよ、じいさん」
 そうこぼした声はそれこそ不似合いな響きがあった。



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