紙喰い奇譚

 向かった先は年季の入った古本屋だった。
「おう、来たな」
 待ち構えていたのは目貫よりも年上の老人と呼んで差し支えがない、しかし矍鑠とした男だった。
 呼びつけた元村というその男は、髪の毛は潔く坊主にしており、歳の割にはがっしりとした体格は以前聞いたところ七十を過ぎているとは思えない。
 服装はシンプルだが隙がないあたり、目貫よりよほどしっかりしている。
「相変わらず元気そうだな」
「そっちは相変わらずシケた面構えだな」
「昔からだ」
「そりゃそうだ。てめえのツラ見るために呼んだわけじゃねえから、とりあえず中入れ」
 そう言って先に店内へと消えた店主を追って目貫も中へ入る。
 雑然と見せてわかる人間にはきちんと区分されているのがわかる本棚と、その棚に入り切らず積まれている本の山。
 置いてあるほとんどはチェーンの古本屋ではまず見かけないようなものがほとんど。
 そのため目貫も昔からここには世話になり、必然的に店主とも顔見知りになっているわけだった。
 目貫は本を読むことが多いが、娯楽本の類はまったくと言っていいほど読まない。
 もっぱら歴史、民俗学などを読んでおり暇つぶしに辞書に目を通すこともあるが、いわゆる創作と呼ばれるものにはいっさい興味を示さない。
 この店は目貫の専攻していたものそのものの本があったわけではないが郷土史が豊富なため、講師時代も世話になっていた。
 なにより店主である元村の、一応は客商売であるはずだが無駄な接客や付き合いをする気がない性質が目貫には合っていた。
 それはあの当時より輪をかけて人付き合いをしなくなったいまでも変わらない。
「相変わらずだなこの店は」
「嫌味か。相変わらずならわざわざお前を呼ばねえよ」
 それはそうだと思うものの、ぐるりと周囲を見渡してすぐにそれとわかる異変があるわけではなかった。
 そもそも、目貫自身がなにか特別な力を持っているわけではない。向こうがこちらに姿を見せたいものは否応なく見えるが、それ以外に関してはなにも持っていない。
 ありふれた凡人だと目貫自身は思っているのに、悲しいかな周囲はそうさせてくれない。
「パッと見ておかしなところはなさそうだが」
「先生、あっちに離れて置かれてる本の山のほうを見てくださいよ」
 元村に言ったはずの言葉にまるで呼んでない相手から返事がきて思わず顔を顰める。
「この本は」
「見りゃわかる」
 無愛想極まりない返事に目貫はかがんで積まれていた本を一冊取り出してめくった。
「⋯⋯あん?」
「見ての通りだ」
「喰われてるな」
 目貫の言葉は本来の意味ではなかった。
 まるでなにかが食い荒らしたように、開いた本はごっそりと文字だけが紙には一切傷を付けずになくなっていた。
「呼んだ理由がわかったろ」
 そう言われた目貫は大仰にため息をついた。
「あのなじいさん。俺は別に霊能者なんて自称してる連中とは違うんだ。こんなのどうしろっていうんだ」
「知るか。お前がなんだろうと『そういう』のはお前くらいしかあてがないだろ、少しはなにかやってから文句は言え」
 知るかはこっちの台詞だと言いたいが堪える。
 実際目貫は霊能者ではない。なんならそれを自称する人間を馬鹿にするタイプだ。
 なのに自身がそう思われているのは、ひとえに過去にあった出来事をきっかけに主に呪いに分類されるトラブルを嫌々ながら解決したことがあるのを知られているからだ。
「ちなみに、ここに積んであるのは全部こうなのか?」
「ああ、そうだ。いまわかってるだけでな。その辺りはうちじゃそれほど貴重じゃないが、他に手を出されたら困る」
「買い取りでついてきたものの一部か。内容は?」
 聞くとふんと元村は鼻を鳴らした。
「お前風にいえば絵空事の集まりだよ」
「なんだ、そんなものか」
 思わず言った言葉に、いまにも怒鳴りつけんばかりの形相で元村は口を開いた。
「どんな本だろうとこんな目にあっていいわけがないだろうが」
 その言い方はまるで道理のわからない子どもへの説教のようでおもしろくはなかったが、ここで論争をするだけ意味がないのでやめておいた。
「とりあえずしばらく調べてみる」
「おう、期待せずに待ってるぞ」
 期待しないのならはなから呼ぶな、とはもちろん言うはずもなかった。



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