紙喰い奇譚
電話の音が鳴った途端、目貫(めのき)の顔は不機嫌なそれに変わった。
もともと表情に乏しく、特に笑った顔は長い付き合いのものでもほとんど見たことがないような男だが、こと面倒事に対してだけは正直らしい。
以前から交友らしいことは自分からはほとんどしていなかったが、現在はそれに輪をかけて人と触れ合うことはなくなっていた。
両親は共に健在だが若い頃に絶縁して以来一切の連絡を絶っており、親戚と呼ぶものからも軒並み嫌われているので最後に話したのがいつかも覚えていない。
いまの目貫に連絡をよこすのは、目貫が知人と呼ぶ知り合いが極たまに、それ以外は面倒なことを押し付けようとするものしかない。
鳴っている電話は今どき珍しい固定電話。
携帯は昔から煩わしいと持つことを拒否した結果、数少ない知人から連絡の取れるものをひとつは持てと強引に設置されたのこれだった。
そんななので番号を知るのは極わずかな知人だけで、その大半は出る前からわかっている面倒事絡みのときだった。
居留守を使っても意味がないことはわかっているのでさも億劫そうに電話に出る。
「なんだ」
『おう、俺だ。ちょっと頼まれてくれ』
聞こえてきたのは相応の年齢を感じさせ、ついでに押しが強い手合いだと伝わる男のものだった。
「元村のじいさんか。あんたが俺に用とは珍しいな」
『当たり前だ、しょっちゅう用があってたまるか』
苦りきった声に、少なくとも当人には深刻なことが起こっているのだろうことはわかる。
口調は荒いが別に電話先の相手は目貫を嫌っているわけではない、誰に対してもこんな態度なのだ。
「用件は」
「来たら言う」
来ないという選択肢を与える気もなくそれだけ言うと切れた電話に、億劫そうに息を吐いた。
「⋯⋯まったく。便利屋になった覚えはないんだがな」
「あるところでは実際便利屋でしょう?」
思わずボヤくと、壁のところからそんな声が飛んでくる。
いつ見ても無駄にスーツをしっかりと着こなしている自分よりかなり若く見える男をじろりと見たものの反論することはしなかった。
しないのはするだけ面倒だから、という理由でしかない。
出かけるからといって着飾る趣味はないが、甚平姿のままというわけにもいかないので、買ったのがいつかわからない服に袖を通して外へ出た。