「相手を特定する材料がほしいので次の質問です。書かれていることについてですが、心当たりは?」
「それが⋯⋯一番わからないんです」
その答えに目貫の顔が僅かだが変化した。
「わからないとは?」
「その、死ねとか許さないとか、そういうのは相手はわからなくてもその意味も意図もわかります。でも、その中に意味のわからないものが混ざってるんです」
「例えば?」
「えっと、その⋯⋯」
ここで言葉を濁しても意味がないだろうにと思うが、とりあえずしばらく待つ。
「⋯⋯彼を返せとか、彼は私のものだ、とか」
「それがわからない?」
ありふれた言葉だが、彼女は小さく頷いた。
「わたしいま、特に付き合ってる人とかいないんです」
「失礼承知でいいますが、彼氏ではなくともという関係の相手は」
「そんなのいません!」
見た目通りの優等生タイプらしい。そう思われること自体が侮辱だとでも思うのだろう。
「なら、あなたは無関心でも好意を持たれてる相手、告白されたが断ったというようなことは」
「そんなにモテるような女じゃないですから」
その線もない、ということらしい。
少なくとも本人にとっては、というのを頭の中で目貫は付け加える。
知らないだけで勝手におかしな妄想を持つものはこの世には当たり前のようにいるし、そんな奇矯な相手のことをこれまた一方的に想うようなものもあるのだ。
ここまで聞いた話が事実なら本人に自覚のない逆恨みの線が濃そうだが、まだ確信には至らない。
「もう少し、文字を見せてもらっていいですか」
「でも、あの」
躊躇った理由はすぐに気付いたので、心底面倒そうに目貫は付け加える。
「なにも脱いでくれとは言いませんよ、できる範囲でいいので袖をまくってほしい。それだけです」
そう言われて、女性はおそるおそる腕の袖をまくってみせた。
びっしりと、重なってる部分はあっても潰れて読み取れない箇所はない。
当然だ、読めなくては相手に伝わらない。伝わらなくては効果がない。
相手が理解して初めて、呪いというのは意味を持つのだ。
ざっと目を通しただけでも、反転された文字だとしてもそこに連なっているのが悪意と敵意に満ちていることは文字から目貫にも伝わってくる。
「読めなければ意味がないからその辺りはこういうとき助かるな」
なにも良いことではないはずのことを、まるでそれこそ資料かなにかを見るような目で目貫はしばらく観察していた。
「流石に鏡文字では読みにくいが名前があるな⋯⋯うん?」
書かれている文字を見ていて、初めて目貫から人らしい反応が出る。
「男の名前らしいものが複数人分ある」
正確に読めなくとも違う名前だということくらいは区別がつく。
複数の男の名前があるということは、呪っている相手が想っているのがひとりではないということか。
しかし、それほど節操がないのなら呪うほどひとりひとりに執着するとは思えない。
「となると⋯⋯問題は相手のほうか」
考えながら話す癖でもあるのか、誰に聞いてるわけでもないことをいくつか口にしてから目貫は女性のほうを向いた。
「知り合いで、あなたとは真逆で派手に遊ぶタイプの心当たりはありますか? それこそ、他人の恋人でも気にしないような」
「あの、それってなにか関係あるんですか?」
「そう聞くということは心当たりがあるんですね?」
質問に質問で返すなと指摘することはせず、更に質問を重ねればしばらく悩んだように口を開いた。
「⋯⋯あります」
「関係は? あまり好んで付き合うタイプではないと思いますけど」
「親しいかと聞かれると、違います。ただそういう人に心当たりがあるっていうだけで違うかもしれませんが」
「違うかどうかは調べればわかりますから、とりあえず教えてもらっていいですか」
関係ないかもしれない人間に呪いをかけた疑いを持つなど失礼だとでも思っているのかもしれないが、そういう人の良さはこういう場合邪魔にしかならない。
「⋯⋯同じゼミにそういう子がいて。なんていうか、あまり好きになれないタイプで」
「さっき言ったようなことも平気でするくらいのということですね」
「そうですね⋯⋯なんならそういう話を自慢してるのを聞いたことも何度かありますし」
その女がかなり性格に難がありそうなことだけは、言い方と表情でわかる。
「接点は」
「ゼミ以外はありません。住む世界が違うっていうか、とにかく苦手で」
「なるほど。話が飛ぶように聞こえるかもしれませんが、最近なにか物をなくしたりしていませんか?」
「え?」
「ありませんか?」
何故も言わせずにその点だけ考えろというように重ねて問えば、しばらく考えたあと「そういえば」と口を開く。
「たいしたものじゃないですけど、ペンを1本。何処かで落としたんだと思いますけど」
「じゃあたぶんそれか」
「え?」
目貫ひとりで納得していると、相手が説明を求めるように見てきている。
呪いの原因など知ったところで気分が良くなるはずもないのに、決まってこうして説明を求めてくるのがいまだ目貫には理解しかねたが断る義理もない。
「結論から言えば、呪われてるのはあなたじゃないと思いますよ。ただの身代わりです」
あっさりと、本当にあっさりとそう言われて相手は唖然とした顔になる。
「身代わり⋯⋯?」
「たぶん、さっき言った相手が実際には呪われているんでしょう。それも複数人、調べればわかると思いますが書かれてる男の名前分からね。それを受けていた相手が、被害から逃れるためにあなたを身代わりにした。それだけです」
呪いをかける方法も、それから逃れる方法も、その気になれば知ることができる。
かけるほうも逃げたほうもそれを活用しただけだ。
もちろん、そんな説明を聞かされた側はたまったものではないが。
「どうして!?」
ここに来て一番感情的に発せられた言葉にも、目貫は冷静だった。
「誰でも良かったんですよ。さっきペンをなくしたと言ったでしょう。たまたまそれを拾ったのでちょうどいいと使った。たぶん、本当にそれだけですよ」
ごく当然のように説明しても、相手は納得しようとしない。苦しんでいたことの理由が『誰でも良かった』と言われてしまえばしかたもない。
「そんな、そんなことでわたしが!?」
「じゃあ聞きますけど、私怨であなたを身代わりにしたのほうが良かったって言います?」
そう聞き返せば相手は黙る。それも当然だ。
「自分じゃなければ誰でもいいなんていうのは、よくある考え方でしょう? あなただって聖人君子なわけじゃない、いまの呪いから逃れられるためならある程度のことをする覚悟くらいはあったはずだ。まあ、どの程度の覚悟かなんてのは聞きませんけど」
なんとかしてほしいと目貫の元に訴えてくる割に、それがなにかが明確でないものはいくらでもいる。
それこそ、呪いを解くためには他人を犠牲にする必要がある場合もあるということを考えてすらいないものも少なくない。
それを悪いとは言わないし、想像力不足だとも目貫は言う気はない。
普通ならば縁がないものにそこまで考えが至るもののほうが稀なのだ。
そもそもそんなことは目貫には関係ない話だが。
「⋯⋯これから、どうしたらいいんですか」
そう聞いた女性に、目貫はコタツに置いてあった適当な紙とペンを差し出した。
「その心当たりの名前を書いてください。フルネームで。知らないのなら調べます」
「いえ、知ってます⋯⋯でも、それをどうするんですか?」
「それを聞いてどうするんです?」
冷たささえ感じるように聞けば、相手は黙った。
人が良いというのも程度によるなと、目貫はこういうときに心底思う。
躊躇いがちに書かれた名前を見て「ふむ」と言ったあと、女性のほうを見た。
「数日中にはその文字は消えると思いますし、今後またそれが戻ってくるということはないと思います」
あっさり言われた女性は拍子抜けしたような顔と問いをする。
「そんな簡単なものなんですか?」
「消えるときはそんなものです。ああ、もしその心当たりがなにかを言ってきても無視することをオススメしますよ。もっとも、どんな性格か知りませんけど呪いを誰かに流したはずなのに戻ってきたと騒ぐような馬鹿ではないでしょう」
そんな余裕もないだろうしな、というのは心の中にだけ留めておいた。
「そういうわけで、話は終わりです」
切り捨てるように言い切られ、戸惑うように女性は聞いた。
「あの⋯⋯お礼などは」
「いまそれを聞きます? せめて起こってるものが消えたと納得してから言うものでしょう」
まだ解決した証拠すらないのにこの人の良さ、よく詐欺に引っかからないものだと目貫は流石に呆れてしまう。
「ひとまずお帰りを。無事に消えたらその時に」
それで話は済んだのだからさっさと帰れという意図を察したのだろう。少しの間困惑してから軽く頭を下げると「お邪魔しました」と出ていく姿を見るでなく見ていた。
相談承りマス
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