「本題に入りますけど、ここに来ようと思った原因を教えてもらえますか?」
その問いに少し間があってから、女性は躊躇いがちに長袖を少しまくって見せた。
「ほお」
つい、そんな声が出たのはしかたがないだろう。
それほどまでに見事なほど、異常だったのだ。
「⋯⋯文字、それも鏡文字か」
目貫が言った通り、あらわになった腕は手書きらしい逆さになった文字で埋められていた。といって、ペンやタトゥーシールの類ではないのはひと目でわかる。
『刻み込まれている』という表現がしっくりくるものだったから、タトゥーの例えは大きくは外れていないかもしれない。
反転した状態の文字、それが一種の模様のように腕に刻まれているのはいっそ見事とも言えるし、少なくとも両腕がこうなっているのだろうことは想像できる。
「範囲は」
「最後に見た時は両腕と背中も見えるところまで広がってました。あとは、わかりません」
「わからないとは?」
「⋯⋯怖くて、確かめるのをやめたからです」
話によると始まったのは数週間前、ふと見ると右腕の内側に文字らしきものがあったのだという。
太いマーカーを使ったような反転文字なのでなんと書かれているのか一瞬わからなかったが、理解した途端ぞっとした。
『シね』
シンプルだが明確な悪意が腕に刻まれていたら怖くもなるだろう。
その日から文字、正確には言葉が増えていった。
『消エロ』『許サナイ』
単語の時もあれば長い言葉もあったが、すべて悪意と憎悪に満ちていた。
皮膚が赤くなるまで擦っても消えることはなく、そうしているうちに腕と背中のほとんどを文字で埋められてしまっていたという。
もう少し早い段階で相談に来ても良さそうなものだが、そもそもこんなことを解決できるだろう場所など普通は知らないし、迂闊に誰かに話せば正気を疑われるのは当人なのだから悩んだことだろう。
そんなときに、まるで誘導するかのようにその噂が耳に届いたのだという。
呪いにまつわる問題を解決してくれるものがいる、と。
「つまり、あなたはいま自分の身に起こっていることを呪いだと思ったわけですね」
「はい」
「理由は?」
「えっ?」
思ってもみない質問だったらしく聞かれた女性は困惑したように目貫を見た。
「怪奇現象というものは様々あります。その中でこれを呪いだと判断した根拠はなんですか?」
「だって、こんなの他になんていうんですか?」
怪異と呼ばれるものにはいろいろとあるのだが、説明するだけ時間の無駄だなといまのやり取りで目貫は判断した。
狐狸の類は流石に現代ではなかなかお目にかからないが、それに代わる怪異は増えている。
現象の数だけその原因となる怪異もあるのだが、当事者が『そう』と思い込んだ瞬間、それはその形で固まってしまう。
本人が呪いだと信じれば、それはもう由来がなんであれ呪いなのだ。
「じゃあそういうことでいいです。原因のことですが心当たりは? 例えば、心霊スポットに行ったとか」
「そういうのは好きじゃないので行ったことはありません」
「オカルト的な流行りに手を出したとかは?」
「ありません、興味がないので」
優等生のような答えだが、この場合導きだされる結論は当人がもっとも望まないだろうものだ。
「なら、あなたに恨みを持つ誰かに呪いをかけられたということになりますね」
言った瞬間弾かれたように女性が叫ぶ。
「そんなのありえないです!」
「どうして?」
その反応を見て突き放すように目貫は問う。
「どうして、って」
「外的原因が浮かばないなら、残るのはそれしかないじゃないですか」
「だって、そんな⋯⋯」
まあそうなるだろうというのは、目貫にも想像はできる。
自分が誰かに嫌われるということを受け入れられないものは多い、それなのに呪われるほどの原因がお前にあると言われれば大抵はこう返すのが普通だ。
「ハッキリ言いますが、嘘をつかれてもなんの得にも解決の手助けにもならないのでそこは正直に答えてもらいたいんですがね」
「ありません、絶対です。どうしてこんなことが起こってるのかわたしにはわかりません」
この答えも、正直目貫には聞き飽きているものだ。
自分が恨まれている自覚が仮にあったとしても大抵は隠そうとするし、まして自慢げに話すはずもない。
中にはそういうものもいることにはいるが、そういう類には関わらないと決めている。もしそうだったらこの時点でお帰りくださいと言うだけだ。
嘘をついているか否かにはさして興味はない。今回は恨まれる理由もその相手にも心当たりがないと本人は主張している。
目貫はひとまずそれだけを確認した。
相談承りマス
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