立っていたのは、こんな部屋を訪れるには似つかわしくない若い女性だった。
年齢は大学生あたりだろうか。
服装などにもそういう雰囲気は漂っているが、夏にも関わらずタートルネックの長袖姿というのは少しだけ気になりはする。
「あの、目貫拓(めのき・ひらく)さんのお宅はこちらですか?」
「残念ながら合ってますよ」
そう答えてからも女性は目の前に見えている部屋の光景と、コタツに入ったままの目貫と呼ばれた男を見て躊躇っているようだった。
「用があるならそこで靴を脱いでこちらに。スリッパなんて気の利いたものはないのでそのままで」
「あ、はい⋯⋯あの」
「話したいなら中に来てください。そこに立たれているのは困ります」
汚れるほどの家具もなにもない部屋だが、女性はそこからまだ少し躊躇ったあとけれど引き返すことはせず「お邪魔します」と礼儀正しく挨拶をしてあがってきた。
その外見から判断するなら派手に遊ぶタイプではないようだし、そもそもそういう輩はここに来ることはない。
しかし、最近は見た目によらないことも少なくないから当人の話を聞くまではわからないだろう。
そんなことを心の中で判断しながら、目貫は相変わらず億劫さを隠さない声のまま話を続けた。
「座布団もないので適当なところに座ってください。茶の類もありませんので」
「大丈夫です、お気遣いなく」
そんなやり取りをしてから、目貫はゆっくりとコタツから出てぼりぼりと頭をかきながら部屋の隅に置かれている冷蔵庫に向かった。
「大家からもらった缶コーヒーがまだ残ってたかな」
「いえその、本当に大丈夫ですから」
「自分が飲みたいだけです。話を聞いてる間手持ち無沙汰なので。何本かもらってるので飲みたければ自分でどうぞ」
一方的に話しながら目貫は缶コーヒーを宣言通り自分の分だけ取り出してコタツに戻った。
女性は取りに行くこともなく、気を取り直して話し出そうとした。
「あの、わたしは」
「自己紹介は結構です。名前を聞く必要もありませんし、普段なにをされていようと用件に関係なければ話さなくて構いません」
丁寧に話を始めようとした女性に、目貫は突き放すように切り捨てた。
この男に接客以前にコミュニケーション能力というものを求めるだけ無駄なのは、これだけで相手にも十分伝わっただろう。
「飲みながら聞きますけど。あんまりこういうものに縁があるように見えませんが、どういう経緯でここを?」
「えっと⋯⋯友達の友達からっていう噂で」
いつの間に自分は都市伝説になったのだ。そう思いはしたが黙ったまま先を促す。しかし、相手が言ったのは相談の内容ではなかった。
「失礼かもしれませんが、あの、目貫さんは◯◯大学に以前」
その先を引き取って、心底面倒そうに目貫は言った。
「いまその話が必要ですかね。確かにその大学で講師をしていたこともありますよ、専門もその様子だとご存知のようですね」
目貫の問いに女性は頷いた。
「民俗学の⋯⋯ひとつだと」
「良いように言えばね。その中でも特に呪いにまつわることに取り憑かれたって評判が立ってましたが、あることで入院したときにいろいろとくだらない噂が立ったため嫌気がさして辞めてこうしてるってわけです」
目貫拓、現54歳。関東のとある大学で民俗学、特に呪いを中心に講師をしていた過去がある。
あるときフィールドワークに出かけたきり数日行方不明となり、発見されたとき身体は衰弱しきった状態で意識も混濁していたためそのまま入院し、退院するとともに大学を辞めた。
ひとつ嘘があるとするなら周囲の評判も噂も目貫は一切興味も関心もなかったが、そうしておいたほうが余分な質問をされないので放っておいている。
話して楽しくもおもしろくもない来歴だが、それがいまここに暮らしている理由であり、ついでにこうして『客』が来る理由でもある。
つまり、呪いというものを信じていて、かつ、それを自分にかけられているという者たちが。
呪いに関する研究をしていただけのものに相談をしにくる人間など普通はいない。
そのいないはずのものがこうして現れるのは、目貫がそういう専門家であると一部で噂されているためだ。
奇妙なことに噂はそれを必要としているものにしか届かないため、こうして時折訪ねてくるものはいてもからかい目的のものは来ないだけマシだろう。
そして、その裏付けのように解決したことがあるため噂は限られた中でまた広まっていく。
面倒くさい。
目貫自身はそうとしか思っていないことは、もちろん目の前に座っている者には言うことはない。
相談承りマス
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