名乗らない男は仕事はただフリーターだとだけ答えた。
仕事内容は特に目貫も聞かなかったし向こうも話さなかった。
住んでいるのは目貫の住んでいるものよりはずっとマシだが築年数相応の家賃のアパートだという。
上京して以来男はそこにひとりで暮らしている。
大学は一応卒業したらしいが、そこからはバイトを転々としながら目貫から見れば自堕落な生活を送っているようだが、相手から見れば目貫には言われたくないだろう。
ともかく、自由になる金が少ないというありふれた不満以外は妥協した生活を送っているのだという。
そんな生活に異変が起こったのは三ヶ月ほど前からだった。
その日バイトに向かうためにアパートを出ると、タクシーが一台止まっている。
このアパートの住人など誰ひとり知らないが、タクシーなど見たことはこれまで一度もなかった。
見るでもなく見ると『送迎』の文字。
なら、誰かがなんらかの事情で呼んだのだろう。
それだけ考えてすぐにタクシーのことは忘れてバイトに向かい、帰った頃には当たり前だがなくなっていた。
(タクシーを呼ぶなんて随分羽振りがいいやつがいるんだな)
男が思ったのはそれだけだった。
しかし、それはその日だけで終わらなかった。
それを境に、アパートの前にタクシーが止まっていることを見かけることが増えた。
しばらくはそんな金があるやつが住んでいたのかと呑気に考えていたが、ある日ふと気付いた。
誰かがそれに乗るところを一度も見ていない。
それよりも気になるのは、まるで男が部屋を出たのを待ち構えていたようなタイミングでそれが姿を現していることに気付いたときだった。
当たり前だが男はタクシーなど呼んでない。そもそも自腹で乗ったことは記憶にないレベルだ。
それなのに、待ち構えているようにタクシーはアパートから出るタイミングで現れる。
最初にだけ見た『送迎』の文字が、禍々しいもののように脳裏から離れなくなった。
お迎えにあがりました
相談承りマス