「それで、今日の目的はなんだ」
まだ昔というほど古くない記憶を思い出しながら、青柳に今日の用向きを尋ねる。
「警察絡みのことには関わってないはずだが」
「近くで事件があったのでついでの様子伺いです。あ、これつまらないものですが」
つまらないものなら持ってくるなと言っても無駄なので紙袋を受け取ると、ごちゃごちゃと缶コーヒーが入っている。
「いつも思うが、なんでお前こういうものを持ってくるんだ」
「手ぶらは失礼だと思うんですけど、先生は味にうるさいほうじゃないですか。それならそういうことを考える必要もないものがいいかと」
「手ぶらで構わんぞ俺は」
適当な場所に紙袋を置いたのを確認してから青柳は話を続けた。
「そういえば先日こちらに相談に来ていた女性に執着していたストーカーは無事逮捕されました」
「どうせ別件逮捕だろ」
「いいじゃないですかそんなこと」
笑いながらそういう青柳にもらった缶コーヒーにさっそく口をつける。
「様子を見たならそれでいいだろう。別に忙しい身じゃないが、正直お前の顔は必要以外では見たいとは思えん」
「わかってます。でも一応仕事なのですみませんね」
そう言って出ていく前に、会いたくない理由を口にするあたりこいつには間違いなく人の心はない。
「常凪くんの行方については捜索は終わっていません。問題の場所さえ見つかれば他の行方不明者とともに発見されるでしょう」
望み薄なのはわかっていて毎回口にするやつの神経がわからないがわかるつもりも最初からない。
一度死んだような経験をしたあとしばらくは荒れたが、こいつはこういうやつだと割り切ったらそれなりに楽になった。
割り切るしかないものがあまりにも多すぎたせいでもある。
「用が済んだのならさっさと帰れよ人間」
不機嫌そうなこんなときしか聞かないような声を聞くことにいい気味だと思うようになったのもいつからだったか。
「相変わらず嫌われてますねえ。じゃあ先生、よければたまには飲みに行きましょう、いい店知ってるんで」
「気が向いたらな」
「はは、またフラれましたね。それではお元気で」
去り際の言葉が『お元気で』なのに悪意が一切ないことにももう慣れた。
あの日から自分のあらゆるものが変わった。
大学を辞めて金に不自由はないから安アパートに引っ越して、半ば世捨て人のように暮らしている。
そして、時折やってくる呪いにまつわる相談を受ける。
望んでやっていることが何処まであるのかは考えるのをやめている。
いつまで続くかもわからないこの生活を続けるしか自分には残っていなかった。
「先生、お客の気配がしますよ」
そう言って、声が『日常』にまた連れて行く。
ことの始まり 後編
相談承りマス