「……なにが望みだ」
そう問うと、愉快そうにそいつは嗤った。
「いまそれを言うことか? 言っただろ、腹が減ってるんだ。それを満たす手伝いをアンタにはしてもらう」
「人を食わせろと?」
「そんなことを言う気はない。ただアンタ、相当恨みを買ってるだろう?」
唐突にそんなことを言われる理由がわからない。
「寝てる間にも少し食わせてもらったが、あんたの周囲には嫉妬やら妬みやら憎悪やら、そういう感情がずいぶん多い。いったいなにをやったらそんなに恨まれるんだよ」
愉快そうに嗤いながらそう聞いてくる内容の理由には心当たりがあった。
祖父のそれなりに莫大な遺産を親を飛び越えて譲られたのは随分と昔の話だ。
以来、親含めて親戚筋からは非常に恨まれている。
金の無心などしてきても冷淡にすべて切り捨ててついでに絶縁したので会うことはなくなったが、いまだに連中は恨んでいるらしい。
知ったことかと言いたいが、そういう感情をこいつは食ったという。
「そういう人間はな、いい土壌になるんだよ。負のものに巻き込まれてるやつを引き付けるのにな」
「……つまり、どういうことだ」
段々と苛立ちが増してくる。あいつの顔をしたやつがあいつは絶対しない表情で人でない言葉を放っているのが我慢ならなくなっている。
「アンタにはひとつ、仕事をしてもらう。そうだな、呪いに興味があるんだろう? それへの縁を深めてやるよ。それを解決してアンタは感謝され、俺はそれを食う、そういうのはどうだ?」
「ふざけるな!」
耐えきれなくなって叫んだ瞬間、ぐらっと身体が揺れた。
「目貫さん、落ち着いて。まだそんなに身体は回復してないんですよ」
いままで気配を消していた青柳がそう言って身体を横にするよう促してくる。
「あんた……見えてるのか?」
「はっきりは見えませんけどね。その代わり、声はきちんと聞こえます」
「じゃあ、いまのも」
「はい」
そう答えてから青柳はこちらを見た。
「話を聞く限り拒否権はないようですね。なら、引き受けるしかないと思います」
「こんなふざけた話をか? 呪いを解決する? 感謝される? そんなもの望んだことは一度もない!」
「落ち着いて。感情を爆発させてもそれが愉しむだけですよ」
言われてから睨むようにそっちを見れば、愉快でたまらないという顔でこちらを見下ろしている。
「諦めてください。どうせ拒否権はないんです。それを破ったところできっと目貫さんに良いことはないと思います。死んだほうがマシだと言いたいかもしれませんが、たぶんそれは無理です」
「ああ、アンタには生きててもらないと困るからな。だから心臓を預かってるんだ。アイツは自分の中に取り込んだものへの執着は俺よりひどい。それが逃げたとなったら追いかけてくるぜ? 俺がこれを手放せば、アンタはあの中に逆戻りだ」
青柳の言葉に被せるように嗤いながらそれが言う。
「……その代わり、お前もまたあの中に戻るんだろう」
精一杯の皮肉を込めて言ってやると、そいつは初めておもしろくないという顔をした。
「知られて困ることじゃないが、そこに気付くあたりやっぱり馬鹿じゃないな」
「わかった。せいぜい言うことを聞いてやろうじゃないか。ただし、俺からも条件はある」
「へえ」
「生きてる人間は食うな。関係のないやつに手を出すな……お前が出した条件以外で俺の生き方に指図するな」
途端、それはゲラゲラゲラと嗤った。
「いいな、いいよアンタ。目覚めてすぐの上さっきので頭がぐしゃぐしゃだろうにそこまで取り引きしようなんていい度胸してるよアンタ」
「じゃあ、話は決まりってことでいいですね」
青柳がパンと手を打って、区切りをつけるようにそう言った。
会話が聞こえていると言いながら、この男は不快感を表すどころか眉ひとつ動かしていない。
まるでこちらの気持ちなど一切理解していないように、そう思ったのはすぐに証明される。
「なら、あとは目貫さんが退院できるまではそちらもおとなしくしておいてもらいます。今後なにか警察沙汰に巻き込まれそうになったときはこの名刺に連絡するかやってきた警官に渡してください。目貫さん担当は引き続き自分がさせてもらいます」
そう言ってから、こいつは――笑った。
絵から出てきたような爽やかな笑い顔。その顔を見て理解した。
ああ、こいつもまともなやつじゃないんだと。
当たり前か、こんなもの、まともな人間が関わることじゃない。
そして自分も、もうまともではない側なのだ。
「では、回復するまではそちらにもおとなしくしておくように言っておいてくださいね。ああ、だいたいのものはこの部屋から出られないようになっているので下手に暴れないように指導しておいてください。トラブルを起こすとここに長居する時間が伸びるだけだぞってね。じゃあ、お大事に」
それだけ言って青柳は出ていき、自分はそれと残された。
「おもしろくないな、あいつ」
初めて愉快以外の感情を見せたそれを見る。
「お前にもそういうのがあるのか」
「遊んでも楽しくない人間なんておもしろいはずないだろう」
そうか、じゃあせいぜいそのおもしろくない人間になれるよう努力してやろうじゃないか。
こいつの大抵のことに動じないような、いまは到底無理だが、意地でもそんな人間になってやろうじゃないか。
その心を見透かしたようにそれは嗤った。
「なれるといいな、目貫センセイ」
「……さっきの条件に、ひとつ追加だ」
「ああ、なんだ?」
言いたいことはとうにわかっているくせにそれをあえて自分の口から言わせたいのだろう、つくづく苛立たしい。
「その顔を使う以上、言葉遣いには気を付けろ」
哄笑、そして。
「ええ、わかりましたよ。先生」
そう言った。
ことの始まり 後編
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