ことの始まり 後編
「そして気付いたらここにいた。そういうことですね?」
話を聞き終えてから青柳がそう質問してきたので億劫そうに頷いた。
思い出したことがあまりにも信じられず、しかしあれは真実なのだとわかっているからか身体が小刻みに震えていることに気付く。
あれが臨死体験というのなら、まだいい。
こちらに戻ってきたのならそれで話は終わりだ。
だが、違う。
戻ってきても、話は終わらない。
「聞いた話から考えられるのはその森にはなにかがいたのは確かです。人を誘い目貫さんが見たというところに入れるために。正確にはその虚を埋めるために」
その言葉にゾッとする。
あの中を埋めるのにいったいどれだけの人間が必要なのか、考えただけでも震えが走る。
「書き込みが少なかった、というのも説明はつきますね。昔からある話ですが生還できなかったものは生還できませんでしたと書き込むことはできません。その村に住んでいる人が知らないだけで、実際は長い年月をかけて想定より多くの若者が被害にあっている可能性があります」
「じゃあ、これからもあの森は」
「いえ、それはいったん止まると思います」
自分の言葉に青柳はそう言ったのでそちらを見る。
「何故だ」
「埋める必要がなくなったからですよ。埋めて、出さないようにしていたものはもう出てしまっていますから」
そちらにと指さした先にいるのがなにかはわからなくてもわかる。
つまり、こいつは。
「こちらでも例の伝承というのを調べてみたんですが、こっちには専門のがいるのでもう少し深いところまで探れたんですよね」
「……警察っていうのは嘘か?」
「いえ、警察ですよ? こういう毛色が変わったもの専門の部署ってだけです」
フィクションでしか登場しないことをしれっと言うが、いまの自分にはそれを疑うこともまして馬鹿にすることもできない。
実際、こうして自分はおそらくなんらかの組織が動いてるだろう病室に収容されているのだから。
「目貫さんが調査したことは概ね間違ってません。民間に伝わっているのはそこまでが限界のようです。で、詳しいのが掘り下げてみると、昔そこには人でないものがふたついたみたいですね」
「ふたつ」
薄っすらとなにかはわかる。
「ひとつは明確に人に害をなして好き放題していたようです。それを封じたのがその老婆の言っていた神、ということのようです」
ただ、と青柳は言葉を続ける。
「神というのはあくまで人間の都合から考えたものです。そちらはたぶん、人間に興味がなかったから害がなかった、それだけの存在でしょう」
その意見に口を挟む気もそんな余裕も自分にはなかった。
「とにかく、それは害していたものを外に出られないよう封じた。それも人間のためではなくそちらのほうで対立でもあったんでしょう。けれどそれに綻びが生じた。その結果、その綻びを埋めるために」
「その先はいい」
思わずそう遮ったのはあの光景を思い出したくなかったからだ。
いや、あんなもの忘れられるわけがないがとにかくいまは考えたくはない。
「わかりました。とにかく、たぶんなにか条件があったのでしょうがそれを満たした相手を誘い込んでいたと考えられます。目貫さんの場合は話を聞く限りそれに直接応えていない。だから心が残っていたのでしょう」
それが幸運だったと言えるのかはいまはわからない。
「ちなみに同行者の常凪航(ときなし・わたる)くんについてですが、こちらはまだ発見されていません」
わかっていたことだが改めて言われると胸の中に鉛を飲み込んだような感覚がする。
いないことはわかりきっていた。
だってあいつの顔をしているやつがここにいるんだから。
「先生の大学にも行ってある程度調査したんですが、ひとつ気になることがありました。先生は常凪くんからの情報で村に行ったんですよね」
「ああ」
「ネットで発見した記事を見て、ということでしたね」
「そうだが」
そこで少し間があったのが嫌な予感を増した。
「目貫先生の所持品から渡されたというプリントは入手できました。そちらに投稿を書き込んだIPが記載されていたので調べたんですが」
また、嫌な間。
「常凪くん本人のものでした」
「……は?」
なにを言われたのか理解できない。
自分で書いたものを自分で見つけたと見せに来たというのか?
そんなこと、なんのために?
「難しいのはこれが本人の意志なのかは不明ということです。他にも書き込みがあったというのが事実なのは確認済みです。もしかするとですが、釣り糸を掴んでしまったのではないかと」
「どういう意味だ」
声が低くなるのを抑えられない。こいつがなにを言いたいのか知りたくない。
「虚を埋めるためには大勢の人間が必要だった。それを呼び寄せるためにいろいろなところに糸を張っていたのではないかと。そして、それにかかったものは本人に自覚がないままそこに向かってしまう」
「なら、ならどうして俺を誘う必要がある」
「あなたが興味を持つだろうから連れていきたかったからでしょう。彼はあなたを慕っていたんですから」
見せに来たときの顔を思い出す。
なんの邪気もない、俺が興味を持つものを見つけた喜びが感じられる顔。
それは間違いなくあいつの意思だった。それだけはそう信じる。
青柳はこちらのそんな考えは気にしていないように話を続けた。
「そして、ここからが肝心なんですが。目貫さんはおそらくそこから出るためにそこにいるものとなんらかの契約をした。その証拠が見つからない心臓なのだと思います。なら」
青柳はストレートに聞いた。
「いったい、どんな契約をしたんですか?」
そこで初めて、自分ばそれをまともに見た。
あいつの顔をした、それを。