ことの始まり 中編

 ――暗い。
 なにも見えない。
 そしてなにより、動くことができない。
 暗い何処かに閉じ込められている。それはわかる。
 だが、何処なのかがわからない。
 意識を失う前のことを薄っすらと思い出す。
 ならばここは木の洞の中ということになるが、それにしてはありえないほどに広すぎる気がする。
 目だけが動いてなにかを探ろうと忙しなく動く。
 ここが何処なのかがわかれば出られるかもしれない。
 ……本当に?
 その疑問は封殺する。
 暗いが完全な闇ではないらしい、徐々に目が慣れてくるとうっすらとだが近くのものが見えてきた。
「――!」
 途端、声を上げようとしたが声が出ない。
 見えたのは、人間だった。
 それもひとりではない。
 見える範囲でも複数の人間が無造作に積み重なって詰め込まれている。
 詰め込まれているというのが適切なほど、人間がそこに折り重なっている。その中のひとりなのだと理解すると一気に恐怖が増した。
 恐ろしいのはその光景だけではない。この場所を恐れているのに心地良いと感じるのがなによりも恐ろしい。
 見える範囲の人間は、生きているのかもわからないが少なくとも恐怖していない。意識がないのならするはずもない。
 何故、気付いた。何故、状況を理解しようとした。何故――理解した。
 嫌だ。
 爆発するように自分の中でその感情が溢れ出た。
 こんなところにいるのは嫌だ、死ぬまで、いや死んでからもここにいるなんて嫌だ。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ……!
「出たいか?」
 声が聞こえたのはそのときだった。
 耳から聞こえたというより、どろりとなにかが入り込むようななにかだった。
「此処から出たいか?」
 こちらの返事を待たずになにかに誘導するように声は続ける。
 罠だ、そう感じた。
 これに応えてはいけない応えたらきっと後悔する。
 理性はそう言うが、それ以上にここから逃げられる誘惑のほうが強かった。
「アンタがここに連れてこられたのは俺にもついている。アイツの声に応えてないやつを入れるなんて、そんなへまをするなんてこれまで一度もなかったってのに」
 クツクツクツクツとなにかが嗤う。
「出たいか?」
 また、そう問われる。
 罠だとわかっている、応えたらきっとなにかを失う。
 それでも、答えはひとつしかなった。
 出たい。逃げたい。元の場所に戻してくれ。
 それしか頭に出てこない。
「わかった。じゃあ、出してやる。まあ、正確に言えばアンタを出すんじゃない。アンタを使って俺が出る。ついでにアンタを出してやる」
 そう言ってまた嗤う。
「もちろんタダじゃない。ひとつ約束をしてもらう。もちろん断らないよな?」
 断る選択など初めから用意されてないことを言われていることに気付いて、こんな状況なのに笑いたくなった。
 それに気付いたように向こうも嗤う。
「長いことここに閉じ込められてたんでな。腹が減ってるんだ。アンタには、俺の腹を満たす手伝いをしてもらう」
 言っていることの意味を理解する前に、スルリと自分の身体からなにかが取り出された。
 なにも見えないのに、それを嚥下されたのがわかる。
「これでアンタは逃げられない。じゃあ、よろしくな……目貫センセイ?」
 その声が聞こえたのが記憶に残っている最後だった。



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