混乱を打ち破ったのは自分でもソレでもない、不必要なほど力強いノックの音と同時に開かれた扉から飛び込んできた声だった。
「どうも! 意識が戻ったって連絡があったので飛んできたんですが容態はいかがですか?」
この場にまったくそぐわない爽やかな声の登場に唖然とする。
現れたのはどう見ても看護師ではなかった。
それなりのブランドのスーツをまとった、絵から出てきたように現実味のない爽やかな笑顔をした男がそこにいた。
「……なんだ、あんた」
「誰でなくなんだと来ましたか。いやあ、参ったなあ」
まったく参ってない顔と声で言われてもこちらが困る。
「自分は警察のもので青柳風斗(あおやぎ・ふうと)といいます。そちらは◯◯大学の講師、目貫拓さんで間違いないですね?」
「俺の認識が狂ってるんじゃなければな」
「ははは、自分の正気を疑う人は正気ですよ安心してください」
遠慮などなにもなくストレートすぎていっそ清々しささえ感じる物言いに、ろくなやつじゃないことだけは理解できる。
「警察の厄介になる覚えはないが。ここにいることと関係があるのか?」
傍らに立っているソレのことは無視して、明確に人間であるほうにだけ意識を向ける。
「まあそうですね、たぶん関係があると思うんですけど。ここはちょっと特殊な病院でしてね。ああ、といって心のほうではないですよ?」
余計なひと言を加えながら青柳と名乗った男は話を続けた。
「目貫さんのですね、心臓が見つからないんですよ」
言われたことの意味を理解するのに数秒要した。
「……は?」
そして、口から出たのはそんな間の抜けた声だった。
「間違いなく生きてますし脈拍も確認できるんですよ。けど、いくら検査をしても心臓の姿がまったく見当たらないんですよね。というわけでこちらに」
「ふざけてるのか?」
「こんな非常識なことふざけて言ってもおもしろくないじゃないですか。事実しか言ってません」
事実だとあっさりと言いのけるこいつの神経がわからない。
心臓がないのなら生きているわけがない。当たり前の話だ。
それなのに、それがないにも関わらず生きているという。
こんなくだらないことを言うメリットもわからないし、目の前の男が刑事だというのも一気に疑わしくなった。
「なにかの冗談にしても笑えんな。大掛かりな悪ふざけにしても悪質すぎる。ほんとはなんの目的があって俺をここに入れている」
「まあ、信じろと言っても無理なのはわかります。けど……目貫さんの傍にいるそれが原因だとは思うんですよね」
その言葉にゾッとした。
同時に一気にソレの存在を嫌でも意識する。
「病院へと運ばれた経緯はある程度判明しています。発見されたのは××県◯◯村にある山の麓。聞き込んだところその土地に伝わる話を検証しに来たと村のお年寄りに話を聞いていたというのは確認できています。で、その山に向かっただろう日から一週間近く消息不明の後に衰弱した状態で発見。急ぎ搬送された先でさっきも言った通りの異変が発見されたためこちらに移動となった、というのがこちらで把握してることです」
あえて余計な感情をこめずに語られる内容に、徐々に自分の記憶が刺激される。
「問題はここからなんですよね」
青柳はこちらの心情などまったく理解するでもなく話を続ける。
「連れ立っていた同行者はいまだ行方不明のままです。そして、目貫さんからは心臓を見つけることができず極めつけに傍には明らかにここにいるべきでないものがいる」
ズキズキと頭が痛む。頭の奥にしまっているものをの蓋を無理矢理開けようとする感覚がする。
「その辺りのこと、説明できますか?」
頭の中に手が入ってきている気がする。
その手が無遠慮に脳をまさぐっている。
そしてずるり、とナニカがその記憶を引き出した。
そんな感覚と同時に、自分はそのことを思い出した。
見慣れた部屋、いつものように部屋にいる自分。
手には分厚い資料。傍らにはコーヒー。
いつもと変わらない風景。
――目貫先生。
そんな声とともに、誰かが部屋に入ってきた。