アカイイト(落とし屋・麒麟 Fan Fiction)

 コトリとなにかが郵便受けに落ちる音がした。
 手紙などくる宛もない家に響いたそれは、嫌な予感を抱かせるには十分なものだった。

「⋯⋯また面倒事か?」

 そう言いながら開いた中にはハガキが一枚。
 隅の方に何処か覚えのあるキャラクターのイラストがワンポイントで入っている。

『先日は当サイトにご訪問ありがとうございました。よろしければこちらのお店でお待ちしております』

 サイトという単語があまりにも無縁のため一瞬意味がわからなかったが、心当たりがひとつだけあった。
 少し前、聞いた噂を確かめるために近所のネットカフェに行った。
 恨んだ相手を呪ってくれるサイト、確かそういう触れ込みのもので軽く確認してみたがアレは間違いなく『本物』だということがわかった。
 本命にたどり着くまでに幾重にもセキュリティがかけられていて、冷やかし気分のものは少しばかり痛い目を見て退散させられる。
 それを超えてその先に進みたいと強く願うものだけが導かれるそういう仕組みで、デジタルには疎いが作りとしてはよくできていると感じたのは覚えていた。
 それがわかれば用は終わりで、もちろんそんな厄介なものの中心など見ることはなく終えたのだが、どうやら探ったことを相手に気付かれていたらしい。

「⋯⋯面倒くさい」

 そして、こういうトラブルなら嬉々としてからかってくるはずの相手の声がしないことに気付いて普段いる場所を振り返ると、見た記憶などないほど難しい顔をしている。
 難しいというのも違うかもしれないが、愉快な気分でない顔なのは確かだ。

「なんだお前、その顔」
「その表現は一歩間違えると大変失礼な発言ですよ?」

 今更お前相手に失礼もなにもあるかと返すのも面倒で放っておいて手に持ったハガキを見た。
 罠、ではないだろう。
 多分その場合、もっと周到で悪辣なものを見えない形で送ってくる気がする。
 そうなるとこれは⋯⋯なんなのか。

「考えてもしかたがないか」

 メッセージと店の住所らしいものは書かれているが、日時は書いていない。
 どうせこちらの動きを向こうはなんらかの方法で把握しているから必要ないのだろう。
 それならこちらの都合で動いていいはずだ。
 なので、面倒なこともあり、すぐに出かけることにした。

 指定された店は自分にはあまりに場違いの飲食店だったが、だからといってめかしこむ必要もないだろうと普段通りの服装で向かった。
 酒も出すがスイーツも売りの店らしく七割は女性が占めている客層の中で、その男はとてつもない存在感があった。
 いや、ここでなくても何処にいても周囲の目を引くのは間違いない。
 それは髪が赤いからというだけでなく、全身から醸し出しているものすべてのせいだ。
 年齢は自分よりは年下だが、若いからは卒業しているくらいだろう。
 ただ、その年月をいろいろな意味で自分を磨くことに積み重ねただろう成果は確実に実を結んでいる。
 顔の造形は間違いなく美形と呼ばれるものだろう。その顔自身に魅了の呪いがあるんじゃないかというくらい、一度視界に入ると目が離せなくなる力があった。
 美しさも一種の魔術だというようなことを聞いた気がするが、なるほど納得だ。実際、この店のほとんどの客が男に魅入られている。
 顔だけのはずもなく服装からおそらく身体作りまで余念がないタイプだろう。
 簡単に表すならほとんどの女は惹かれ、そして独占したいと願い、勝手に争い合い対消滅させるタイプの男だ。
 要するに、とてつもなくタチが悪い。
 そんな男は、周囲の反応など慣れているのだろう気にした風でもなく先に注文していたらしいなにかを飲んでいる。
 はっきり言って、自分にとっては五本の指に入るくらい近寄りたくない人種だった。

 めんどくさい。関わりたくない。

 あんなにも注目を集めている男のところに、こんな見るからに貧相な男が近付くだけで周囲の女たちの目が鬱陶しいことが予想されて頭が痛い。
 そう思っていたのに、ふとこっちを見た⋯⋯のではなく明らかにこちらが自分を見つけたことに気付いてよりによって笑顔でこちらに手を振ってきた。
 帰りたい。
 周囲から刺すような視線の集中砲火を受けて心底思ったがそうしたほうがあとが怖い。
 一定のものに盲目状態になっている女を敵に回したらどれだけ厄介なことになるのかは短くない人生でうんざりするほど経験している。
 ここに来ても普段なら恰好の娯楽だろうものが無言のこともあって居心地が悪い。
 今日中に手早く片付けたほうがいい。そう判断して席に向かった。

「迷いました?」
「いや、まったく」

 顔同様、声もそれ用に調律でもしてるのか? という耳障りの良いそれで聞いてきたことに極力淡々と答える。
 ついでにヒソヒソと聞こえてくる声も無視する。

「なにあの親父わたしの亥角さんに!」「誰があんたのよ!」「あんたのでもないでしょ!」

 そんな言い争いがあちこちで始まったが知ったことか。
 そもそもこっちは言われてる通り冴えない中年男だ、そんなものを言われる筋合いはない。

「呼び出した用というのは」
「その前に、せっかくこうして出会えたことだし自己紹介しませんか?」

 ああ、こいつあれか。
 見た目だけじゃなく天性と作為両方のタラシか。
 使う相手くらい絞ってくれないか。

「目貫だ」
「亥角って言います。会えて嬉しいですよ、目貫さん」

 即名前で呼んだので、絶対に下の名は教えないと決めた。
 下の名を知ったら当然のようにそちらで呼ばれかねないのと、なによりもフルネームを呪いを専門に扱う人間に教えるなんてことをするのは無知を固めたような人間だけだ。

「なに飲みます?」
「長居をする気はないんだが」
「お店に入ってなにも頼まないはダメでしょ?」

 窘めるような言い方すら様になるが、明らかに年下の男に言われて腹を立てるほど暇ではないが嬉しくもない。
 とりあえずで適当な酒を頼み、届くと当たり前のように「乾杯」とグラスを傾ける仕草も当然様になっていたが、そんなものより周囲の空気が殺気立つほうが厄介だった。

「もう話していいか? とはいえ、俺としてはそんな興味をひく真似をした覚えがないんだが。あそこに踏み込んだもの全員にこうしてるわけじゃないだろう?」
「毎日それなりの需要とアクセスはありますね。でも、まず見つけることを困難にしている場所に入り込んで、丹念にトラップをすべてあえて踏んでみせて、そのくせ肝心の本命には近寄りもしない。そんな見方をする人は興味ありますよ」

 そう言って、女なら、いや一部の男もか? 目眩でも起こしそうな笑顔を向けられても困る。

「話の最中にすまんが、その不必要なサービスをやめてもらっていいか? この店を出る前に刺されかねん」
「せっかくの出会いなんですから会話は楽しいほうがいいでしょう? それに⋯⋯」

 そこでまた大勢が引き込まれそうな笑み。

「仮にあの子たちに呪いを飛ばされたとしても、目貫さんは平気でしょう?」

 ああ、そういうことか。

「丹念に仕込んだトラップすべてを踏んだのに全部が不発だったのがまずかったのか? こんなことならひとつくらい普通に受けておけば良かったな」
「それだけでもないですけどね、そんなにも興味を持ってもらえたのなら、ねえ? 一度は会ってみてもいいかなって」
「あいにくこっちはもう歳でな、そういうのは間に合ってる」
「人によってはまだまだ充分魅力的だと思いますよ?」

 そんなものまったく望んでいないので褒められたとも思えない。

「とりあえず、仕掛けを教えてついでに解いてもらっていいか? どうやってこっちの行動を見張ってた」
「前置きなしの直球ですねえ」
「こういう場所は苦手でな」
「じゃあ、落ち着ける場所に行きましょうか」

 そう言って立ち上がり、わざとか? というようなエスコートをするもんだからその場は一気に阿鼻叫喚だ。
 めんどくさい。やかましい。さっさと終わらせて帰りたい。
 ひたすらにそう考えていたせいで、導かれるまま歩いていつの間にか不自然なほど人の気配のない路地にいることに気付けなかった。
 いや、俺が気付かなくとも普段なら。

「ほら、ここなら望み通り静かな場所でふたりきりですよ?」
「ふたりきり、ねえ⋯⋯」

 どうもおかしい。いつもある気配が妙に薄い。まるでなにかに阻まれているように。
 そこにきてようやく気付いたあたりどうやら不覚にもあてられていたようだ。

「結界か?」
「僕は目貫さんと話したかったわけだから、それが終わるまでは無粋な邪魔をするようなものは⋯⋯ね?」
「たいした腕だな、アレを阻害するなんて余程のものしかできないのに。それだけは感心する」
「ああ、少しそこは解釈が違うなあ⋯⋯僕がしたのは」

 と、路地の壁に背が当たって男の顔が不必要に近くなった。
 こういうのはそれを望んでる相手にしろ、というのは言うだけ無駄な気がした。
 片手を壁についてこちらを見つめて笑う顔は、そういう連中にはさぞかし効果的なんだろう。
 そんなことを考えていると空いているほうの手が前髪に軽く触れ、その指が、とんと額に当てられた。

「受信機能をほんの少しだけ鈍くしたっていうのかな。普段と変わらず相手はいるけれど、それを普段のようには感じられない。彼は別として目貫さん自身は一部が欠けている以外は人間なので、そこをちょっとね」

 口説き文句のように笑いながら言うことかそれは。
 そもそもそれだってある程度の腕がないとできないことだろう。
 自慢のつもりのない自慢が鼻につくどころか似合うと思わせるのも腹が立つことだ。

「命に関わることはしないし、よそからの無粋な邪魔も入れないから安心してほしいね」
「信用していいものなのかね、あんなサイトの運営をしている相手を」
「ははっ、そんなの⋯⋯信用しちゃダメに決まってるじゃない」

 すうと伸びた手が頬を伝って首筋を這ったと思うと首の後ろでなにかをしている。
 意味がわからないやつならこれだけで勝手に天国に行きそうな行動だが、俺にとってはうそ寒い。
 時間としては数秒くらいだろう、離れたその手には赤い糸が絡み合っていた。
 追跡用を赤い糸とはいい性格だと思っていたら、それはポンと見覚えのあるマスコットの姿になった。

「あのサイトで付けられたものか?」
「さすが読みがいいですね」
「そのくらいしか能がないんでな、ついてるものはともかく俺自身は所詮ただの何処にでもいる人間でしかない」

 謙遜でもなんでもない事実だ。

「過剰な自己評価もいただけないけど、謙遜が過ぎるのももったいないんじゃないかな?」
「あいにくそんな殊勝さは生まれつき持ち合わせてなくてな、自分だろうと他人だろうと感じたまましか言わん」
「でも、生きてる」
「アレの気まぐれのおかげでな」
「はは⋯⋯それだって才能っていうんですよ目貫さん」

 褒めてるつもりなのかなんなのかもわからないが、これで用が済んだということで良いのだろうか。
 そう思って相手を見てから「おい」と声を掛ける。

「いつまでこうしてるつもりだ?」
「ああ、もうひとつのほうを回収したら離れますから。けど、あんまり露骨に嫌がるのも人によっては火に油ですよ?」

 余計なお世話だと思ったときに今度は手が羽織っていたジャケットのポケットに入り込み、出てきたときには例のポストカードがあった。

「ああ、コレのせいか」
「追跡用がさっきので、こっちがさっき言った妨害装置みたいなもの。手に取る前に忠告されたり燃やされなくて良かった」
「あいつはああだから人間のやることなんてだいたい軽く見てるから油断したんだろ」

 あいつが油断した、と考えると今回の件は少し愉快な気がしなくもない。
 そもそもさっきの追跡用のこともわかっていて放置していたのは、そんなものがあろうと自分さえいればなにもできないと高を括っていたのとついでに何か起こればそれはそれで愉快とでも思っていたのだろう。
 その結果がこうなのは、少し笑いたくなる。
 まあ、それはあくまで無事だったから言えることだが。
 そんなことを考えていたときだ。
 バン! と空気が震えた。
 なんだ? と思う前に男が「あーあ」と少ししくじったような顔をした。

「自分以外が目貫さんをからかうのはおもしろくないんだねえ」
「そんなものか?」
「あの手合いは形はどうあれ執着してるものに対して他人が介入すると子どもみたいになることがあるから」

 それがわかっててやったんだろうが。

「⋯⋯できれば、これっきりにしたいもんだな。あんたと関わると余計な恨みが一気に増えそうだ」
「あんたなんて。名前を教えたんだから一度くらい呼んでみても良くないですか? 目貫さん?」
「⋯⋯悪いが、それはしない主義だ」
「それは残念」

 そう言って、やっと正常な距離感に戻った男は「さて」と口の中でだけなにかを言ってポストカードに切れ目を入れた瞬間、空気が変わった。
 馴染みがあるが、普段の飄々さはない、感じたこともない剣呑な空気。
 こんなふうになるものか? たかが人間相手に。

「……先生、帰りますよ」
「言われなくても帰る」
「あと、気付いてると思いますけど」
「⋯⋯ああ、さっきの店からここに来るまでに俺があいつといたのを見たのから呪いが飛び交ってるな」
「質が悪すぎて食う気にもならないんで適当に散らしますよ⋯⋯当人に」
「好きにしてくれ」

 そんな会話をいくつかしてるのをにこにこと男は見ていたが、やがて「じゃあ次の約束があるから」と立ち去った。
 ほんとに顔を見るためだけにこんなことをするようなのが「また今度」と言わなかっただけマシだろう。

「まあもう会うこともないだろう」
「先生、縁って知ってますよね? それができたら後はわかりませんよ」
「面倒くさい。そのときはそのときだ。ああ、そういえば」
「はい?」
「サイトを見た時、なんとなくマスコットのピンバッジを買ってたな」

 その言葉を合図に近くにあった廃屋が上から潰されたように倒壊したのは自分たちには関係ないことだと無視することにした。